体内へのチューブ残置で病院に申し立てた調停が成立 民事調停が成立しやすい医療事故の類型とは

事案の概要

広島県の福山簡易裁判所で、手術後に両足がまひする後遺症を患ったのは、術後に挿入したチューブの一部が体内に残ったのが原因として、70代男性が病院側に約1500万円の損害賠償を求めた調停事件について、福山簡裁で調停が成立したと報道がありました(手術後に体内にチューブ 福山市民病院が男性に100万円支払う 福山簡裁で調停成立 中国新聞デジタル 2023年3月15日)。

医療事故での民事調停の活用

民事調停では医師など専門家委員の関与が期待できますが、専門家委員が関与しても、双方の主張に折り合いをつけることができず、ときには訴訟で決着をつけることが必要となることもあります。

特に、過失があったのかなかったのかという点、また、過失はあったとしてもその過失から被害者の主張する損害が発生したのかという因果関係の点で大きく双方に対立がある場合には、話し合いを前提とした民事調停での解決は難しくなってきます。

主な争点は損害だけの事案

過失と因果関係にはさほど問題がなく、争点はほぼ損害だけというような事案の場合は、調停でも裁判でも結果はさほど変わりません。

そのため、過失と因果関係にはさほど問題がなく、既に交渉で相手方から一定の金額も提示されたが金額に開きがある場合や、細かい部分での合意ができず交渉が遅々として進まないような場合、民事調停を活用することでスムーズで賠償実務に沿った解決が期待できます。

過失はあるが因果関係に争いがあった本件

本件は、手術後に挿入したチューブを抜く際にチューブが破断して一部が残置されたという事実関係には争いがなく、病院の過失は明らかな事案だったようです。

しかし、チューブが体内に残ったから両足がまひする後遺症を患ったと主張する申立人に対し、病院は、チューブの残置と足のまひとの間には因果関係がないとして争いました。

病院によると、チューブが残置されてから取り除かれるまでの経過は以下のようなものでした。

2019年3月5日、胸部動脈瘤(りゅう)のある血管を人工血管に置き換える手術後、男性が足のまひを訴えたため、髄液などを体外に出すシリコン製チューブを背中に挿入した。チューブは同7日に抜いたが、破断して約10センチが体内に残ったという。同16日の検査で判明し取り除いた。

チューブが挿入されたのは、手術後に足のまひが訴えられたことを受けてだったということです。
挿入されたチューブで髄液を出すことでいったんまひが改善していたのか等は不明ですが、病院の主張する事実関係を前提とすると、チューブを残置したこと自体は病院側に過失があるとしても、残置とまひとの間には因果関係がないと争う病院の主張は理解できるものです。

両足がまひした場合、まひの程度にもよりますが後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益で損害額が数百万円や1000万円を超える水準となることもあるため、調停が成立した100万円は、チューブの残置と両足のまひとの間の因果関係がないという前提の金額といえます。
体内へのチューブの残置が争われた本件類似の裁判例(後遺障害なし、次項参照)でも、近い水準の賠償額が病院側に認められています。

チューブで両足がまひしたと訴訟で主張をする場合は、どのような医学的機序で、足のまひが発生したのかという点について、原告側は緻密な立証をする必要があります。
本件でチューブの摘出が遅れたのは9日間です。過去に裁判所が残置物と後遺障害との因果関係を認めたガーゼ残置事故1のように肉芽種や癒着といった現象も生じていなかったと考えられるため、難しい主張となったのではないかと考えられます。

事実経過を踏まえて、調停委員会もまひとの間の因果関係までは認められないと考え、申立人側に説明、説得を行ったことからこのような解決となったのでしょう。

チューブ残置が争われた裁判事例(札幌地裁平成15年12月19日判決)

事案の概要

原告が、平成3年に被告の開設する病院で虫垂炎の手術を受けたところ、担当医師は使用したチューブを原告の体内に残置したまま手術を終えました。
11年後に原告が別病院を受診した際に異物の残存が発覚し、その後除去手術が行われました。
除去された異物は、長さ約9センチメートル、直径約6ミリメートルのシリコンラバー製チューブでした。

残置期間は11年と長かったものの、残置による後遺症などの身体への悪影響は原告から主張されず、この点の因果関係は争点とはなりませんでした。

原告が請求した主な損害項目は、11年の間体内にチューブを残置され、再手術を受けることになり、術後体力の消耗や精神的打撃から体調を崩し、立ち直ることができていないという点での慰謝料(請求額400万円)及び再手術のための再入院に伴う休業損害や付添看護費、経過観察のための診察費、投薬費でした。

裁判所の判断

裁判所は以下のように述べて、慰謝料については80万円を認めました。

原告は、手術時に不必要な異物を体内に残置しないという医師としての基本的な注意義務を怠った被告病院医師の過失により、11年間も体内に本件チューブを残存させられたばかりか、本件除去手術のため、肉体的苦痛を受けたのみならず入院を余儀なくされ、しかも、身体に約5センチメートルの手術痕が残ってしまったものである。
その他本件に顕れた一切の事情に鑑みると、原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては80万円と認めるのが相当である。

その他休業損害として12万5,455円、弁護士費用として30万円、以上の合計額122万5,455円を原告の損害として認めました。

訴訟で判決となった理由について考察

裁判所の判決では、認定された損害額に加えて遅延損害金が認められます。遅延損害金は不法行為時から発生するため、解決まで長引いた事案ほど、被告が支払う遅延損害金の額は増えます。
また、医療事故などの不法行為では、認められた損害額の1割も弁護士費用として認められます。

他方、民事調停は話し合いでの円満解決であり、解決金に若干の上乗せということはあっても、弁護士費用や遅延損害金は認められません。

この事案では、弁護士への依頼がされており、また、11年間チューブが残置されていたという経過があります。
民法の改正により、2020年4月1日以降に発生した不法行為については、遅延損害金の利率は年3%とされましたが(2023年現在)、この事件の当時は年5%であり、最終的に認められる損害額に左右はされますが遅延損害金も無視できない金額となります。
民事調停ではなく、訴訟が提起され、判決が出た背景にはこのような観点もあったと考えられます。

脚注

  1. 東京地裁平成18年9月20日、佐賀地裁平成19年1月12日