事案の概要
静岡で、ごみ屋敷に住む隣人を相手として民事調停を申し立てた事例についての報道がありました(“ごみ屋敷”から悪臭やシロアリ被害 「ゴミじゃなく財産」主張で処分できず…新たな条例は解決策になるか?【静岡発】 FNNプライムオンライン 2022年1月16日)。
隣人は約20年ほど、駐車場に物があふれ出した状態で居住していました。
飲食店側はシロアリの被害や悪臭の被害に悩まされ、町内会などと協力し、住人に対してものを片付けるよう裁判所を利用しない形での説得を試みるも応じなかったということです。
飲食店側は、2021年7月、撤去や損害賠償を求めて民事調停を申し立てましたが、隣人側がごみを自分の財産であると主張したことから不成立に終わりました。
住人男性は所有者ではなく、ごみ屋敷となった土地建物には別に所有者が存在し、所有者も民事調停の相手方とされていたようです。
民事調停が使いづらい事例だった
ごみ屋敷の男性は、申し立てられた民事調停が不成立となったことについて、記者に以下のような話をしています。
(Q.なぜ民事調停は不成立だったのか)
向こうが変な条件をつけてきた。市役所に片づけさせると(Q.片づけられるのは嫌というのはどうしてか)
FNNプライムオンライン
勝手に捨てられるじゃん
(Q.勝手に捨てられるのは嫌か)
あたりめえじゃん!財産だもん!
シロアリや悪臭被害の原因となるなど、第三者から客観的にみるとごみとしかいえない状態であっても、隣人男性にとってはごみではなく財産であるという認識があったとのことです。
考え方が通常とは大きく異なる相手の場合、話し合い解決の前提となる事実認識が当事者間で全く異なってしまうため、調停委員会が入って説得をしても、解決のための合理的な話し合いを期待することは難しくなってきます。
このような場合、残念ながら、民事調停は成立することはなく、あと一歩のところまで話し合いができるという状態にたどりつくことも難しいため、調停委員会による17条決定も期待できない(仮に決定が出たとしても異議を出される)こととなります。
報道の後押しもあって解決
本事例は、民事調停の申立てやその後の不成立といった経過が報道され、全国的にも注目されることとなりました。
結果的には、報道の後押しが大きく、土地や建物の所有者が建物を解体したことで、このごみ屋敷は更地となり解決に至ったとのことです(跡形も無くなった静岡・新川の「ごみ屋敷」 市内にはまだ少なくとも十数軒存在か 対策条例の実効性は? あなたの静岡新聞 2022年11月9日)。
隣人がごみ屋敷であるときにとれる法的手段
警察や行政への相談
ごみ屋敷は、状態によっては、廃棄物処理法、道路交通法に違反する可能性があります。この場合警察に相談する方法があります。
また、自治体においてごみ屋敷の対策条例がある場合、この条例に基づき対処してもらうという方法があります。
廃棄物処理法
第十六条 何人も、みだりに廃棄物を捨ててはならない
第二十五条 次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
十四 第十六条の規定に違反して、廃棄物を捨てた者、5年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金、またはこれを併科する(同25条第14号)とされています。
廃棄物処理法
ごみや粗大ごみは廃棄物ではあるのですが、ごみではなく自分の財産であると主張された場合は、廃棄物処理法を問題とできるか難しいことも考えられます。
道路交通法
道路にまでごみが置かれている場合は、交通の妨害となること自体が問題ですので、財産であるという主張がされても、道路交通法の問題とはできそうです。
第76条 3 何人も、交通の妨害となるような方法で物件をみだりに道路に置いてはならない。
道路交通法
各自治体のごみ屋敷対策のための条例
ごみなどが屋内や屋外に積まれることにより、悪臭や害虫の発生、崩落や火災等の危険が生じるというごみ屋敷の問題は社会でも認知されるようになってきており、自治体によっては、ごみ屋敷対策のための条例を設定しているところがあります。
たとえば、東京都足立区は、全国に先駆けて、足立区生活環境の保全に関する条例を制定し、ごみ屋敷解決に取り組んでいます。
ごみ屋敷の住人に対する調査や指導、状態を解消するための措置の命令や、命令に従わなかった場合の氏名・住所の公表措置ができる権限が定められているだけではなく、行政代執行といって、義務者の代わりに区や第三者に状態の解消措置(ごみの撤去)をさせることができるという実効性のある措置ができる旨が定められています。
しかし、このような条例を制定している自治体は多くはありません。
環境省は毎年、『「ごみ屋敷」に関する調査報告書』を発表しているのですが、こちらの令和4年度版によると、ごみ屋敷事案に対応することを目的とした条例の制定状況は、制定済が全国で5.8%、制定予定なしが91%と、まだまだ全国的な整備には至っていません。
現実にごみ屋敷に困っている場合、条例のない自治体で、今後の整備を期待して待つのはあまり現実的ではないといえます。
民事訴訟の検討
ごみ屋敷の隣人のごみが自分の家の敷地内にまであふれ出してきた場合には、敷地の所有権に基づく妨害排除請求権が主張できます。
賃借人の場合でも妨害停止の請求権(民法605条の4第1号)を主張できます。
とはいえ、自分の家の敷地にあふれ出てきている点だけが問題となるので、ごみ屋敷自体の抜本的解決とはなりえません。
ごみの臭気がひどい場合や、隣人がごみを出すだけではなく騒音を出したり、他の嫌がらせを合わせてしてくる場合は、損害賠償請求を検討する余地はあります。
自力救済には注意
客観的にみるとごみ屋敷であったとしても、個人の財産ではあるため、隣人からの同意を得ないで法的根拠がない自力救済をすることは違法となります。
片付けようと勝手にごみ屋敷に入ったり、ごみを撤去することは、住居侵入罪(刑法130条前段)や器物損壊罪(刑法261条)となりかねません。
ごみ屋敷が今すぐに何らかの法律違反、条例違反の状態でなくとも、警察や行政に相談し、隣人に注意や勧告してもらうなどして対処を考えていきたいところです。