織田信成氏に名誉毀損が認められた裁判例からレピュテーションリスクを避ける手段として民事調停活用を考える

民事調停活用を考える

レピュテーションリスクも重視したい

訴訟提起当時は、織田氏側から発信された情報を受け、報道の多くや世論は織田氏に同情的でした。本件は、名誉毀損行為によって社会的な評価が低下する被害を被った濱田コーチ側も、反訴による賠償義務を負うことに加え裁判例が残ることでレピュテーションが低下する織田氏側も、双方にダメージが大きい事件となりました。

織田氏が監督辞任について触れたブログ内容からは、体調を崩して辞任するまでの3か月間リンクに行けず、大学の対応が誠意あるものに思えなかったとあるので、大学に対しては何らかの改善等の対応を求めていたことが伺えます。

しかし、織田氏が監督を退任してからのブログでの発表、週刊誌のインタビュー記事掲載、訴訟提起及び記者会見という一連の流れは短期間で行われており、民事調停などで話し合い解決が試みられた形跡は判決からは見受けられません。

辛い思いをしたことから、相手の悪質性を媒体問わず公表して世間に問題提起しないではいられなかったことも想像できますし、民事調停をしても納得できずに訴訟をすることとなった可能性もあります。

とはいえ、織田氏は世界的に著名なフィギュアスケーターであり、スポンサーから仕事を受けるという面でもレピュテーションリスクは重大です。
そして、モラルハラスメントなどハラスメント事案には、様々な事例があり、裁判所は具体的な事実関係に応じた判断がなされるため、事前にハラスメントに該当する、しないの判断をすることが難しい類型といえます(裁判所も織田氏がハラスメント行為であると主張する本件各行為自体が、あったかなかったという事実認定認定以前に、違法なハラスメント行為に当たるとは直ちには認めることができないものとしています。)。

大学の対応が仮に満足のゆく水準のものではなかったとしても、週刊誌へのリーク、記者会見、多額の慰謝料請求の訴訟を提起するというレピュテーションリスクの高い方法ではなく、リスクを意識して非公開の民事調停を先行させるという手段があります。

訴訟を行う前段階で双方の認識している事実関係が明らかにできる点は期待できますし、調停で議論を深める中で、自分の追及する行為はそもそもハラスメント行為に該当するのかという点を今一度見直せる機会にもなります。

調停が不成立となった後に訴訟や記者会見をするにしても、名誉毀損的な表現を抑えた記者会見をする、煽情的な表現となる週刊誌へのインタビューを思いとどまる等の対応ができ、反訴が提起されたり認容されるリスクを低くすることもできるかもしれません。

事実関係を一方的にブログや週刊誌に書かれ、ハラスメントの慰謝料としては相場を大幅に上回る1000万円を求めるという訴訟を提起され、大々的な記者会見まで行われたとなると、名誉を毀損されたと反訴提起を行うのは濱田コーチの代理人側としては当然の流れといえます。

訴訟でも、和解する場合は非口外条項を盛り込んだ解決も可能ですが、本件のように多数の報道がなされ社会的な関心が高まった事案であれば、被告側も判決を残したいと思い、よほど敗訴的な心証が開示されない限りは判決を求めようとするため、旗色の悪さを感じた原告が和解での終了を希望しても難しくなります。

裁判には経済的・精神的・時間的な負担も

裁判では、調停よりも時間的・精神的・経済的な負担は大きくなります。
本裁判は、2019年の11月18日に提訴され、判決が出たのは2023年の3月2日と、結論が出るまでに3年以上がかかっています(2020年には新型コロナウイルスでの緊急事態宣言等で裁判所機能が一時停止したことで本来より半年ほど長引いたという可能性はあります。)。

裁判が係属していること自体、当事者双方にとって精神的な負担は大きいものですが、裁判で最も精神的な負担感が大きいのは、本裁判でも実施されている尋問手続といえるでしょう。
裁判では、毎回の期日出頭は代理人弁護士に任せることができますが、尋問期日では、自分が裁判所に行く必要があります。その上で、相手方代理人や裁判官からも事実関係について聞かれる、聞かれるだけではなくときには相手方代理人に揚げ足を取られることとなります。

経済的な側面についても、調停をするよりも裁判をする方が印紙代は高くなり、裁判では厳密な法的主張・立証を行う必要性があって調停よりも長引くこと等から、弁護士費用も一般的には高くなります。